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夏休みの医系の宿題

夏休み...なんてないと思います。ボクも同じです😅ただ、少しだけ「すき間」があるかもしれません。そんなとき、ぼんやりと眺めて、もっと読みたければ、それぞれ<詳細>へすすんでください。<詳細>も一次情報でしかないので、あとは自分でネットやAIを使って能動的に学習しましょう。

ゲノム編集

ゲノム編集とは、生物の遺伝情報が書き込まれているDNA(ゲノム)上の特定の場所を狙って、遺伝子を正確に切断したり、塩基配列を書き換えたりする技術のことです。まるで「ゲノムの文字を編集する」ように、目的の遺伝子を「削除」「挿入」「置換」するといった操作が可能です。<詳細>

遺伝子診断・治療

遺伝子診断と遺伝子治療は、現代医療の最も急速に進歩している分野の一つであり、多くの難病患者に希望をもたらしています。同時に、その技術的な進歩がゆえに、倫理的・社会的な課題も提起されています。<詳細>

生殖補助医療
 

生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology: ART) とは、不妊に悩むカップルが妊娠・出産に至ることを支援するために、医療技術を用いて行われる治療の総称です。現在、日本だけでも約6組に1組のカップルが不妊で悩んでいるとされており、生殖補助医療は多くの人にとって希望となっています。<詳細>

出自を知る権利

起源を知る権利、あるいは「出自を知る権利」とは、自分が誰の子どもであるか、自分の生物学的な親が誰であるかを知る権利を指します。これは、特に生殖補助医療(不妊治療など)によって生まれた子どもや、特別養子縁組などで養子となった子どもにとって重要な、自己のアイデンティティ形成に関わる基本的な人権として認識されつつあります。<詳細>

地域医療

日本の地域医療は、少子高齢化、人口減少、医師の偏在といった複合的な要因により、非常に複雑で深刻な課題を抱えています。医学部を目指すあなたにとって、この現状を理解することは、将来のキャリアを考える上で不可欠です。<詳細>

​「直美」現象

「直美(ちょくび)」とは、「直接美容医療」の略で、具体的には、医学部を卒業し、医師国家試験に合格して2年間の初期臨床研修を終えたばかりの若手医師が、保険診療を行う一般の医療機関(内科、外科、小児科など)に進まず、直接美容医療の分野(自由診療の美容クリニックなど)に従事するケースを指す造語です。かつては極めて稀だったこのような進路選択が、近年、特に若手医師の間で増加傾向にあり、医療界では懸念の声が上がっています。<詳細>

高額治療薬

高額治療薬の問題は、現代医療が直面する最も大きな課題の一つであり、医学部を目指す高校生にとっては特に注目すべきテーマです。画期的な効果を持つ一方で、その高額さゆえに医療システム全体に大きな影響を与えています。<詳細>

異種移植

異種移植(xenotransplantation)は、異なる種の動物から臓器や組織を人間に移植する医療技術です。特に、豚から人への臓器移植が最も研究が進んでおり、腎臓や心臓などの提供不足を解消する究極の解決策として期待されています。<詳細>

医師の働き方改革

医師の働き方改革は、日本の医療体制の持続可能性と、医師自身の健康を守るために不可欠な、非常に重要な取り組みです。2024年4月から本格的にスタートし、現在進行形で様々な影響を及ぼしています。<詳細>

輸血拒否

輸血拒否問題とは、患者が宗教的信条やその他の理由(感染リスク回避など)に基づき、生命維持に必要な輸血を拒否する場合に、医療者と患者の間で生じる葛藤を指します。特に「エホバの証人」の信者による輸血拒否が社会的に広く知られています。<詳細>

iPS細胞

iPS細胞(人工多能性幹細胞:induced Pluripotent Stem Cells)は、京都大学の山中伸弥教授らによって2006年にマウス、2007年にヒトで樹立が報告された、再生医療や創薬研究に革命をもたらす画期的な細胞です。皮膚などの体細胞に特定の遺伝子を導入することで、ES細胞(胚性幹細胞)と同様に、体のあらゆる種類の細胞に分化できる能力(多能性)と、無限に増殖できる能力を持つようになります。<詳細>

医療AI

医療AI(Artificial Intelligence in Healthcare) とは、人工知能技術を医療分野に応用することで、医師の診断、治療法の選択、新薬開発、事務作業など、多岐にわたる業務の効率化や高度化を目指すものです。特に、大量のデータを学習し、パターンを認識する機械学習や、人間の脳神経回路を模倣したディープラーニングといった技術が医療AIの発展を牽引しています。<詳細>

ゲノム編集​ topへ戻る

 

概要:ゲノム編集とは、生物の遺伝情報が書き込まれているDNA(ゲノム)上の特定の場所を狙って、遺伝子を正確に切断したり、塩基配列を書き換えたりする技術のことです。まるで「ゲノムの文字を編集する」ように、目的の遺伝子を「削除」「挿入」「置換」するといった操作が可能です。

 

 

ゲノム編集の仕組みと進化

 

これまでも遺伝子を操作する技術はありましたが、ゲノム編集の登場により、その精度と効率が飛躍的に向上しました。特に注目されているのが、2012年に開発されたCRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)システムです。

  • CRISPR-Cas9の仕組み: これは、細菌がウイルスから身を守るために持っている防御システムを応用したものです。

    1. ガイドRNA: 狙いたいDNA配列と相補的な短いRNA(ガイドRNA)を用意します。これは「ゲノム地図上の目的地を示す標識」のようなものです。

    2. Cas9酵素: DNAを切断するハサミの役割を果たす酵素(Cas9)を用意します。

    3. ガイドRNAがCas9酵素を目的のDNA配列まで誘導し、そこでCas9がDNAの二本鎖を切断します。

    4. DNAが切断されると、細胞はそれを修復しようとします。この修復の過程を利用して、遺伝子をノックアウト(機能を失わせる)したり、新しい遺伝子を挿入したりすることで、ゲノムを「編集」するのです。

CRISPR-Cas9は、その簡便さ、高精度さ、低コストさから、あっという間に世界中の研究室に広まり、ゲノム編集の革命をもたらしました。

 

 

ゲノム編集の応用分野

 

 

ゲノム編集は、医療分野以外にも多岐にわたる応用が期待されています。

  1. 医療分野:

    • 遺伝子治療: 遺伝性疾患の原因遺伝子を直接修復・修正することで、根本的な治療を目指します。鎌状赤血球症、嚢胞性線維症、ハンチントン病など、様々な疾患に対する臨床応用研究が進められています。

    • がん治療: がん細胞の増殖に関わる遺伝子を改変したり、免疫細胞の機能を強化してがん細胞を攻撃させたりする研究が進んでいます。

    • 感染症治療: ウイルスの増殖に必要な宿主細胞の遺伝子を改変することで、ウイルス感染症の治療を目指す研究も行われています。

    • 創薬: 特定の疾患モデル動物や細胞を作製し、新薬の開発や薬の有効性・安全性の評価に利用されます。

  2. 農業・畜産分野:

    • 病害に強い作物や、収穫量の多い品種の改良。

    • 病気に強い家畜や、肉質・生産性の向上。

    • アレルギー物質を含まない食品の開発。

  3. 基礎研究:

    • 特定の遺伝子の機能を調べたり、病気の原因遺伝子を特定したりするなど、生命現象の解明に不可欠なツールとなっています。

 

ゲノム編集の課題

 

ゲノム編集は大きな可能性を秘める一方で、その強力さゆえに、解決すべき多くの技術的・倫理的・社会的な課題を抱えています。

 

 

1. 技術的な課題

 

  • オフターゲット効果: 目的の遺伝子だけでなく、類似した配列を持つ他の遺伝子も切断してしまう「オフターゲット効果」のリスクが完全に排除されていません。これが予期せぬ遺伝子変異や副作用(例:がん化)につながる可能性があります。

  • 効率性と正確性: 狙った細胞に効率よくゲノム編集ツールを届け、正確に編集を行う技術は、まだ発展途上の段階です。特に、生体内の多くの細胞に編集を加えるのは困難が伴います。

  • モザイク現象: 編集が成功する細胞とそうでない細胞が混在する「モザイク現象」が生じる可能性があり、治療効果を不安定にする要因となります。

  • 免疫反応: ゲノム編集ツール(特にCas9酵素)に対する免疫反応が生じ、効果が減弱したり、副作用を引き起こしたりする可能性があります。

 

 

2. 倫理的な課題

 

これがゲノム編集の最もデリケートで重要な課題です。

  • 生殖細胞系列編集:

    • 問題の核心: ゲノム編集を生殖細胞(精子・卵子)や受精卵に行い、その変化が次世代に遺伝的に引き継がれるようにすること。

    • 懸念点:

      • 「デザイナーベビー」の懸念: 病気の治療を超えて、知能や身体能力の向上など、「望ましい特性」を持つ人間を作り出すことにつながる可能性があり、優生思想や遺伝的格差を助長する懸念があります。

      • 人類への不可逆的な影響: 生殖細胞のゲノム編集は、一度行われると人類の遺伝子プールに永続的な影響を与える可能性があり、その影響は予測不能です。

    • 現状: 倫理的な問題が大きすぎるため、国際的に生殖細胞系列編集の臨床応用は禁止または厳しく制限されており、現在行われているゲノム編集による遺伝子治療は、子孫に遺伝しない体細胞ゲノム編集に限られています。

  • 「強化」目的の編集: 病気の治療(例えば、遺伝性疾患の原因遺伝子の修正)と、人間の能力を「強化」する目的(例えば、筋肉増強や知能向上)のゲノム編集との線引きは非常に曖昧で、倫理的な議論が必要です。

  • 「知りたくない権利」との対立: ゲノム情報を知ることで、将来の病気のリスクを知ることになり、その情報が患者の心理に与える影響や、それを「知りたくない」という権利をどう保障するか、という遺伝子診断と同様の課題も存在します。

  • 公正なアクセス: 高額な費用がかかる可能性があるため、治療が必要な患者が公平にアクセスできるかという医療の公平性の問題が生じます。

 

 

3. 社会的・法的な課題

 

  • 法整備とガイドライン: 急速な技術進歩に対し、法整備や厳格なガイドラインの策定が追いついていないのが現状です。国際的な協調も重要です。

  • 国民的議論と合意形成: ゲノム編集の応用は、社会全体に大きな影響を与えるため、科学者だけでなく、倫理学者、法律家、そして一般市民が参加する幅広い議論と合意形成が不可欠です。

  • 情報管理とプライバシー: ゲノム情報は個人の最も核心的な情報であり、その管理やプライバシー保護に関する厳格なルールが必要です。

  • 誤情報と過度な期待: ゲノム編集の可能性が過度に報じられたり、誤った情報が拡散されたりすることで、患者が不正確な期待を抱いたり、倫理的な懸念が増幅されたりする可能性があります。

<面接・口頭試問の質問例>

□ ゲノム編集技術が進展する中で、遺伝子治療が実用化されることによる倫理的問題について、あなたはどのように考えますか?

□ ゲノム編集による遺伝子改変が引き起こす可能性のある社会的影響について、どのような懸念がありますか?

□ ゲノム編集技術の規制について、あなたはどのような基準が必要だと考えますか?

遺伝子診断 topへ戻る

 

遺伝子診断は、個人の遺伝子情報を解析することで、病気の診断、発症リスクの予測、最適な治療法の選択などを行うものです。

 

遺伝子診断の概要

 

  • 診断: 遺伝性疾患の原因遺伝子を特定し、確定診断を行います。例えば、嚢胞性線維症、筋ジストロフィー、ハンチントン病など。

  • リスク予測: 特定の病気(がん、心疾患、糖尿病など)の発症リスクを高める遺伝子の変異があるかどうかを調べ、予防や早期介入に役立てます。

  • テーラーメイド医療(個別化医療): 患者の遺伝子情報に基づいて、薬の効きやすさや副作用のリスクを予測し、最適な薬剤や治療法を選択します。特にがん治療では、「がん遺伝子パネル検査」によって、患者さんのがん細胞の遺伝子変異を調べ、その変異に対応する分子標的薬を選ぶ「がんゲノム医療」が標準化されつつあります。

  • 保因者診断: 特定の遺伝性疾患の遺伝子変異を持っていても発症しない「保因者」であるかを調べ、次世代への遺伝リスクを評価します。

  • 着床前診断: 体外受精で得られた受精卵の遺伝子を調べることで、特定の遺伝性疾患を持つ子どもが生まれるリスクを減らす目的で行われることがあります。

 

遺伝子診断のメリット

 

  • 正確な診断と早期介入: 症状が出る前に病気のリスクを把握したり、原因を特定したりすることで、早期の予防や治療介入が可能になり、予後改善につながります。

  • 最適な治療法の選択: 個人に合わせた最適な治療法(特に薬剤選択)を行うことで、治療効果の最大化と副作用の最小化が期待できます。

  • 精神的準備と家族計画: 遺伝性疾患のリスクを知ることで、患者本人や家族が精神的な準備をしたり、家族計画を立てる上での情報が得られたりします。

  • 新たな治療法開発への貢献: 多くの患者の遺伝子情報を集めることで、病気のメカニズム解明が進み、新しい治療法の開発につながる可能性があります。

 

遺伝子診断の課題

 

  • 倫理的な問題:

    • 「知りたくない権利」との対立: 自分が将来発症する可能性のある病気(例:発症すれば死に至るが、有効な治療法がない病気)の情報を、本人が「知りたくない」と選択する権利をどう尊重するか。

    • 遺伝子差別: 遺伝子診断の結果によって、就職や保険加入、結婚などで差別を受ける可能性(遺伝子差別)が懸念されます。

    • 家族への影響: 個人の遺伝子情報は、血縁者と共有される情報であるため、本人だけでなく、家族にも影響が及びます。家族への情報開示のあり方や同意の取得が課題です。

    • 未成年者への診断: 未成年者の遺伝子診断は、将来の自己決定権を侵害する可能性があるため、慎重な検討が必要です。

  • 遺伝カウンセリングの重要性:

    • 遺伝子診断の結果は複雑で、その意味や影響を正しく理解することは困難な場合があります。そのため、遺伝カウンセラーなどの専門家による、十分な説明と心理的サポートが不可欠です。

  • 費用の問題:

    • 遺伝子診断は高額な場合が多く、保険適用外のケースも少なくありません。誰もが公平にアクセスできるか、という課題があります。

  • 診断の限界:

    • 遺伝子変異が見つかっても必ずしも病気を発症するわけではなかったり、症状の重症度が予測できなかったりする場合もあります。また、診断技術の限界から、すべての遺伝子変異を検出できるわけではありません。

 

遺伝子治療

 

遺伝子治療は、病気の原因となっている遺伝子そのものに直接働きかけ、病気を治療することを目指す、究極的な治療法の一つです。

 

遺伝子治療の概要

 

遺伝子治療の基本的な考え方は、以下のいずれかの方法で異常な遺伝子を修正することです。

  1. 遺伝子補充: 機能しない、または欠損している遺伝子の代わりに、正常な遺伝子を細胞に導入して機能を補います。

    • 例:脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」。

  2. 遺伝子ノックアウト/ノックダウン: 異常な機能を持つ遺伝子や、病気を引き起こすタンパク質の生成に関わる遺伝子の働きを抑制したり、破壊したりします。

  3. 遺伝子編集(ゲノム編集): 疾患の原因となる特定の遺伝子配列を狙って切断し、修復することで、遺伝子の情報を書き換えたり、正常な遺伝子に置き換えたりします。CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)システムが代表的な技術です。

    • 例:鎌状赤血球症やβサラセミアに対する遺伝子編集治療の研究。

これらの遺伝子を細胞に導入するには、主にウイルスベクター(無害化したウイルスを「運び屋」として利用)が用いられます。

 

遺伝子治療のメリット

 

  • 根治療法としての可能性: 従来の対症療法とは異なり、病気の根本原因である遺伝子の異常を直接修正するため、病気を治癒させたり、進行を遅らせたりする根本的な治療となる可能性があります。

  • 難病・希少疾患への希望: これまで有効な治療法がなかった遺伝性疾患や難病、一部のがんなどに対して、新たな治療選択肢を提供します。

 

遺伝子治療の課題

 

  1. 安全性:

    • オフターゲット効果: 遺伝子編集技術では、目的以外の場所の遺伝子を切断してしまう「オフターゲット効果」が起こる可能性があり、これが予期せぬ副作用やがん化につながるリスクがあります。

    • 免疫反応: 導入されたウイルスベクターに対して、体が免疫反応を起こし、効果が減弱したり、副作用が生じたりする可能性があります。

    • 長期的な安全性: 治療を受けた細胞が長期にわたって患者の体内でどのように振る舞うか、予期せぬ影響がないかなど、長期的な安全性の検証が不可欠です。

  2. 技術的なハードル:

    • 高い技術とコスト: 遺伝子を正確に標的細胞に届け、効率よく機能させるための技術は高度であり、治療薬の製造コストも非常に高額になります。

    • 効果の持続性: 導入された遺伝子の効果が長期的に持続するかどうかは、疾患や治療法によって異なります。

  3. 倫理的な問題(特にゲノム編集):

    • 生殖細胞系列編集: 遺伝子編集が生殖細胞(精子や卵子)や受精卵に対して行われた場合、その遺伝子変化は次世代へと引き継がれます。これは、人間の遺伝子プール全体に影響を与える可能性があり、デザイナーベビーにつながる、あるいは優生思想を助長するといった深刻な倫理的問題があるため、国際的に厳しく規制されています。現在、治療目的での臨床応用は体細胞への編集(体細胞遺伝子治療)に限られています。

    • 治療目的と「強化」目的の区別: 病気の治療(負の要素の除去)と、身体能力や知能の向上といった「強化」目的(正の要素の追加)の遺伝子編集との線引きは、倫理的に非常に難しい問題です。

  4. 公平なアクセスと高額な費用:

    • 先に述べた高額治療薬の課題と共通しますが、遺伝子治療薬は非常に高価であり、国民皆保険制度の中でどのように費用を負担し、誰もが必要な治療を受けられるようにするかが大きな課題です。

  5. 法整備と社会合意:

    • 急速に進化する技術であるため、倫理的な側面を含め、研究・開発・臨床応用に関する適切な法整備やガイドラインの策定が常に求められます。また、社会全体での議論と合意形成が不可欠です。

​​

<面接・口頭試問の質問例>

□ 遺伝子診断が医療現場で活用されることにより、患者のプライバシーが脅かされる可能性があります。この点について、どのような対策が必要だと考えますか?

□ 遺伝子診断を受けることができることが、患者の治療選択にどのような影響を与えるか、具体的に説明してください。

□ 遺伝子診断に関する倫理的課題として、出生前診断における選択的中絶の問題についてどう考えますか?

生殖補助医療  topへ戻る

 

生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology: ART) とは、不妊に悩むカップルが妊娠・出産に至ることを支援するために、医療技術を用いて行われる治療の総称です。現在、日本だけでも約6組に1組のカップルが不妊で悩んでいるとされており、生殖補助医療は多くの人にとって希望となっています。

基本的な考え方は、自然な妊娠が難しい場合に、卵子と精子、または受精卵の形成過程を医療の力でサポートするというものです。

 

 

主な生殖補助医療の種類

 

  1. 体外受精・胚移植(In Vitro Fertilization and Embryo Transfer: IVF-ET)

    • 不妊治療の最も一般的な方法の一つです。

    • 女性の体内から卵子を取り出し、体外で精子と受精させます。

    • 培養してできた受精卵(胚)を、女性の子宮に戻して着床を試みます。

    • 採卵や胚移植には、細い針やカテーテルを用いるなど、高度な技術が必要です。

  2. 顕微授精(Intracytoplasmic Sperm Injection: ICSI)

    • 精子の数が少ない、運動性が低い、受精能力が低いなどの男性不妊の場合に用いられます。

    • 顕微鏡下で、卵子の中に直接1つの精子を注入して受精させます。

    • 受精卵を体外で培養し、子宮に戻す点は体外受精と同様です。

  3. 配偶子(精子・卵子)/胚の凍結保存

    • 体外受精や顕微授精で得られた精子、卵子、または受精卵を凍結保存し、将来の妊娠に備えることができます。

    • がん治療などで生殖能力が失われる可能性のある患者が、治療前に凍結保存を行う「がん・生殖医療」も注目されています。

  4. その他(日本ではまだ一般的ではないが、国際的には行われているもの)

    • 精子提供(非配偶者間人工授精:AID): 夫以外の第三者からの精子提供を受けて人工授精を行う方法。

    • 卵子提供: 妻以外の第三者からの卵子提供を受けて体外受精を行う方法。

    • 代理出産(サロガシー): 依頼者の精子と卵子、またはドナーの精子や卵子を用いてできた受精卵を、別の女性(代理母)の子宮に移植し、出産してもらう方法。

 

 

生殖補助医療の可能性

 

 

生殖補助医療は、多くのカップルに子どもを授かる機会を提供し、家族形成の夢を叶える大きな可能性を秘めています。

  • 不妊に悩むカップルの希望: 自然妊娠が難しいカップルに、親になる道を開きます。

  • 遺伝性疾患のリスク低減: 着床前診断と組み合わせることで、特定の遺伝性疾患を持つ子どもが生まれるリスクを減らすことができます。

  • 治療後の妊娠の可能性: がん治療など生殖機能に影響を及ぼす治療を受ける患者が、将来子どもを持つ可能性を残すことができます。

  • 家族形成の多様化: 独身者や同性カップルが子どもを持つ可能性を広げるものとして、議論の対象にもなっています(日本では法的に未整備)。

 

生殖補助医療の課題

 

 

生殖補助医療は、その技術的な進歩と普及に伴い、倫理的、法的、社会的な多くの課題を提起しています。

 

1. 出自を知る権利との関連

 

  • 第三者からの精子・卵子提供や代理出産で生まれた子どもが、自身の生物学的な親が誰であるかを知る権利(出自を知る権利) が、提供者の匿名性や依頼者夫婦のプライバシーと衝突する問題です。

  • 日本では法整備が遅れており、この権利の保障と、ドナーの確保やプライバシー保護とのバランスをどう取るかが大きな課題です。

 

 

2. 複数胎妊娠のリスクと倫理

 

  • 体外受精では、妊娠率を上げるために複数の胚を子宮に戻すことがありましたが、これにより双子や三つ子などの複数胎妊娠のリスクが高まります。

  • 複数胎妊娠は、母体(妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病など)と胎児(低出生体重児、早産、先天異常のリスク増大)双方に大きな負担をかけ、医療費も増大します。

  • 現在では、日本産科婦人科学会が原則「単一胚移植」を推奨するなど、リスク低減への取り組みが進んでいます。

 

3. 命の選別と倫理

 

  • 着床前診断: 重篤な遺伝性疾患を持つ子どもが生まれるリスクを避けるために、受精卵の段階で遺伝子検査を行う「着床前診断」が行われることがあります。

    • この診断により、疾患を持つ可能性のある受精卵が選別され、移植されないことになります。これは、「命の選別」につながるのではないか、という倫理的な議論を呼びます。

  • 余剰胚の扱い: 体外受精で移植されなかった「余剰胚」の保管や廃棄、研究利用に関して、その生命としての位置づけや倫理的な扱いが課題となります。

 

 

4. 費用負担と医療格差

 

  • 生殖補助医療は高度な技術を要するため、高額な費用がかかります。これまで自費診療が中心でしたが、2022年4月からは一部の治療が公的医療保険の適用対象となり、患者の費用負担は軽減されました。

  • しかし、それでも全ての費用が賄われるわけではなく、治療期間も長期にわたることが多いため、経済的な負担は依然として大きく、治療へのアクセスに格差が生じる可能性も指摘されています。

 

 

5. 高齢出産とリプロダクティブ・ヘルス

 

  • 生殖補助医療によって、妊娠可能な年齢が広がったことで、高齢での妊娠・出産が増加する傾向があります。

  • 高齢出産は、母体(妊娠合併症のリスク増大)と胎児(染色体異常のリスク増大)双方にリスクを伴うため、そのリスクに対する十分な説明と、適切な医療支援が求められます。

  • 女性のキャリア形成との兼ね合いで出産年齢が高齢化する社会背景も深く関係しています。

 

 

6. 法整備の遅れと社会的な合意

 

  • 第三者提供や代理出産、出自を知る権利など、生殖補助医療に関わる多くの問題について、日本にはまだ包括的な法律がありません。

  • 技術の進歩に法整備が追いついていない現状があり、社会全体でこれらの問題について議論し、合意形成を図ることが喫緊の課題です。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 生殖補助医療技術が発展することで、遺伝的な情報が明確でない子どもたちが生まれる可能性が増えることについて、どのように考えますか?

□ 生殖補助医療に関する法的な規制の現状について、どのような問題があると感じますか?

□ 生殖補助医療が普及することによる社会的な格差が生じる可能性について、あなたはどのように考えますか?

​出自を知る権利 topへ戻る

 

この権利は、大きく分けて以下の2つの側面で議論されます。

  1. 生殖補助医療による出自

    • 非配偶者間人工授精(AID): 夫以外の第三者の精子提供を受けて生まれた子ども。

    • 卵子提供・代理出産: 第三者の卵子提供や代理母によって生まれた子ども。 これらの場合、遺伝上の親と育ての親が異なるため、子どもが将来、自身の遺伝的なルーツや、なぜその治療によって生まれたのかを知りたいと願うことがあります。

  2. 特別養子縁組などによる出自

    • 特別養子縁組: 実親との親子関係を解消し、養親との間に法的な親子関係を新たに築く制度。

    • 普通養子縁組: 実親との親子関係を残したまま、養親との親子関係も築く制度。 これらの場合も、養子となった子どもが、自身の生物学的な親や生い立ちについて知りたいと願うことがあります。

 

 

出自を知る権利が重要視される理由

 

  • 自己のアイデンティティ形成: 自分がどこから来て、誰から生まれたのかを知ることは、自己の根源的な部分を理解し、精神的な安定やアイデンティティを確立するために極めて重要であると考えられています。

  • 遺伝的情報の把握: 遺伝的な病気の有無や家族歴を知ることは、自身の健康管理や将来設計(結婚、出産など)において重要な情報となり得ます。

  • 心理的な安心感: 自分の出自に関する情報が秘匿されることで、子どもが不信感や疎外感を抱いたり、真実を知った時に深い心の傷を負ったりする可能性があります。

 

 

出自を知る権利の課題

 

 

この権利の実現には、以下のような多くの複雑な課題が伴います。

 

 

1. 提供者(ドナー)の匿名性との衝突

 

  • ドナーのプライバシー保護: 精子や卵子を提供したドナーは、通常、匿名性を前提に提供を行っています。出自を知る権利を認めることは、ドナーのプライバシーや、将来的に子どもから連絡を受けることへの懸念を生じさせ、ドナーが減少し、ひいては生殖補助医療の利用自体が困難になる可能性が指摘されています。

  • ドナーの家族への影響: ドナーの配偶者や子どもなど、ドナーの家族のプライバシーへの配慮も必要です。

 

 

2. 親のプライバシーと利益

 

  • 親の秘匿希望: 生殖補助医療で子どもを授かった親の中には、周囲に知られたくない、あるいは子どもに知られたくないと考える場合があります。これは、社会的な偏見や無理解を懸念するためであったり、家族関係の安定を望むためであったりします。

  • 親が真実を伝える困難さ: 親が子どもに真実を伝えるタイミングや方法について、大きな心理的負担を抱えることがあります。

 

 

3. 法整備の遅れと国際的な潮流

 

  • 日本の法整備の遅れ: 日本では、生殖補助医療に関する包括的な法整備が遅れていました。2020年に「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立しましたが、出自を知る権利については具体的な規定がなく、今後の検討課題とされています。

  • 国際的な状況: 欧米諸国では、出自を知る権利を保障する方向で法整備が進んでいる国が多く、ドナー情報の登録制度や、一定の年齢に達した子どもに情報開示を認める制度などが導入されています。これらの国の状況も参考に、日本でも議論が進められています。

 

 

4. 情報管理と提供の体制

 

  • ドナー情報の保管: ドナーに関する情報(氏名、生年月日、健康状態、遺伝情報など)をどのように収集し、誰が、どこで、どれくらいの期間保管するのかという体制の整備が必要です。

  • 情報開示の基準: 子どもがいつ、どのような条件で、どの程度の情報にアクセスできるのか、具体的なルール作りが必要です。例えば、一定の年齢(18歳など)に達した時点での開示や、カウンセリングなどのサポート体制の整備などが考えられます。

 

 

5. 子どもへの心理的影響

 

  • 真実を知った子どもが、心理的な混乱や衝撃を受ける可能性も考慮し、情報開示に際しては、適切な心理的サポートやカウンセリング体制の提供が不可欠です。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 出自を知る権利が保障されるべき理由として、どのような人権的な観点が考えられますか?

□ 生殖補助医療によって親子関係が複雑化した場合、子どもの出自を知る権利をどのように考慮すべきだと思いますか?

□ 出自を知る権利を行使することが、子どもにとってどのような影響を与える可能性があるか、具体的な例を挙げて説明してください。

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地域医療の現状

 

  1. 少子高齢化と人口減少:

    • 高齢化が進むことで、慢性疾患を持つ患者や複数の疾患を抱える患者が増加し、医療ニーズが多様化・複雑化しています。

    • 同時に、生産年齢人口の減少は、医療従事者の確保を困難にし、医療費の財源にも影響を与えています。

    • 特に地方では、若年層の都市部への流出が顕著で、地域全体の活力が低下し、医療機関の維持が難しくなっています。

  2. 医師の偏在:

    • 地域偏在: 医師が都市部に集中し、地方や過疎地域では医師不足が深刻です。特に、救急医療、産科、小児科といった、24時間体制や専門性の高い診療科で医師が足りない状況が顕著です。

    • 診療科偏在: 内科や外科といった基幹診療科、あるいは精神科やリハビリテーション科など、特定の診療科で医師が不足しています。前述の「直美現象」も、この診療科偏在の一因として指摘されています。

    • 病院とクリニックの機能分化の課題: 大病院に患者が集中し、本来であれば地域のクリニックで対応できる軽症患者までが大病院を受診する「コンビニ受診」が問題となり、大病院の負担が増大しています。

  3. 医療機関の経営悪化と閉鎖:

    • 人口減少や医師不足により、特に地方の小規模病院や診療所は経営が厳しくなり、閉鎖や機能縮小を余儀なくされるケースが増えています。

    • これにより、地域住民が医療を受ける機会が失われ、医療過疎化が進行します。

  4. 医療従事者の負担増:

    • 医師不足の地域では、残された医師や看護師の業務負担が過重になり、燃え尽き症候群や離職につながる悪循環が生じています。

    • 長時間労働やQOL(生活の質)の低下は、若手医師が地域医療を敬遠する一因ともなっています。

 

 

地域医療の課題

 

  1. 医師確保と定着:

    • 医師不足の地域に医師を誘致し、定着させるための抜本的な対策が必要です。奨学金制度、キャリアパスの支援、労働環境の改善などが挙げられますが、十分な効果を上げるには至っていません。

    • 地域枠制度の導入や、地域医療に貢献する医師の育成も進められています。

  2. 医療連携の強化:

    • 医療機関同士(病院とクリニック)、あるいは医療と介護、福祉との連携を強化し、地域全体で患者を支える体制(地域包括ケアシステム)の構築が急務です。

    • 患者が住み慣れた地域で、切れ目のない医療・介護サービスを受けられるようにすることが目指されています。

  3. ICT(情報通信技術)の活用:

    • 遠隔医療(オンライン診療)の導入や、医療情報の共有システムの整備により、医師不足地域でも専門医の診察を受けられる機会を増やしたり、医療従事者の負担を軽減したりすることが期待されています。

    • ただし、法整備やセキュリティの確保、デジタルデバイド(情報格差)への対応も課題です。

  4. 医療費の適正化:

    • 高額治療薬の問題も関連しますが、医療費全体の増加を抑制し、限られた財源を効率的に配分することが求められます。

    • 予防医療の推進や、後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用促進などもその一環です。

  5. 住民の医療リテラシー向上:

    • 住民が自身の健康に関心を持ち、適切な受診行動をとること(例:軽症でのコンビニ受診を控える、かかりつけ医を持つ)も、地域医療の維持には不可欠です。

  6. 医師の働き方改革:

    • 医師の長時間労働を是正し、持続可能な働き方を実現するための「医師の働き方改革」が進められています。これは、医師の健康を守るだけでなく、医療の質を維持するためにも重要な取り組みです。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 地域医療の現場における医師の不足問題を解決するために、どのような施策が有効だと考えますか?

□ 少子高齢化が進行する中で、地域医療を持続可能なものにするためには、どのような改革が必要だと思いますか?

□ 地域医療の質を向上させるために、医師以外の職種の役割が重要となる場面が多くありますが、どのように連携を強化していくべきでしょうか?

「直美」現象 topへ戻る

「直美(ちょくび)」とは、「直接美容医療」の略で、具体的には、医学部を卒業し、医師国家試験に合格して2年間の初期臨床研修を終えたばかりの若手医師が、保険診療を行う一般の医療機関(内科、外科、小児科など)に進まず、直接美容医療の分野(自由診療の美容クリニックなど)に従事するケースを指す造語です。

かつては極めて稀だったこのような進路選択が、近年、特に若手医師の間で増加傾向にあり、医療界では懸念の声が上がっています。

 

 

「直美現象」が増加する背景

 

 

若手医師が「直美」を選択する背景には、いくつかの要因が指摘されています。

  1. 経済的な魅力:

    • 美容医療は自由診療であるため、保険診療に比べて収益性が高く、若手医師でも高収入を得やすい傾向にあります。

    • 保険診療の勤務医の平均年収(特に若手の場合)と比較して、圧倒的に高い初任給や年収が期待できる点が大きな誘因となります。

  2. 労働環境の魅力:

    • 美容クリニックは、一般的に当直や緊急の呼び出しが少なく、定時で働きやすい傾向があります。

    • ワークライフバランスが取りやすく、プライベートの時間を確保しやすい、という点が若手医師、特に女性医師や子育て世代の医師にとって魅力的とされています。

    • 保険診療の現場における長時間労働や過酷な勤務環境への嫌悪感も背景にあります。

  3. 美容医療市場の拡大:

    • 近年、SNSなどの普及により美容医療への関心が高まり、市場が拡大しています。これにより、美容クリニックの数が増加し、医師の需要も高まっています。

  4. キャリア形成に関する価値観の変化:

    • 「コスパ(コストパフォーマンス)」「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する現代の若者世代の価値観が、医師のキャリア選択にも影響を与えているという見方もあります。

    • 医局制度が弱まり、医師のキャリアパスが多様化していることも一因です。

 

 

「直美現象」の課題

 

 

「直美現象」の増加は、日本の医療システム全体に様々な課題を突きつけています。

  1. 医師の経験不足と医療の質の低下:

    • 初期臨床研修だけでは、患者の全身状態を診る能力や、多岐にわたる疾患に対応する臨床経験が十分に積まれません。直接美容医療に進むことで、基本的な診断能力や、合併症への対応能力が不足する可能性があります。

    • 美容医療の施術後に予期せぬ合併症が発生した場合、経験不足の医師では適切な対応ができず、患者が保険診療の医療機関に駆け込むケースも報告されています。これは、結果として保険診療の現場に負担をかけることにもつながります。

  2. 医師の地域・診療科偏在の加速:

    • 美容クリニックは都市部に集中しているため、「直美」医師の増加は、地方や特定の診療科(内科、外科、小児科、産婦人科、救急など、いわゆる「きつい・汚い・危険」とされる診療科)における医師不足をさらに深刻化させる可能性があります。

    • これにより、地域医療の提供体制が脆弱になったり、医療へのアクセスが悪化したりする懸念があります。

  3. 職業倫理の低下と利益優先の風潮:

    • 美容医療は自由診療であり、利益追求の側面が強くなりがちです。若手医師が医療の根幹にあるべき職業倫理や使命感を十分に涵養する機会を失い、利益優先の考え方に傾倒するリスクが指摘されています。

    • 経験の浅い医師による不適切な医療行為や、過度な広告による患者誘導といったトラブルも懸念されます。

  4. 専門医制度への影響:

    • 日本の医師は、初期臨床研修後に各専門分野の専門研修を受け、専門医資格を取得するのが一般的なキャリアパスです。しかし、「直美」医師は専門医資格を取得しないことが多いため、将来的に特定の専門分野の医師が不足する可能性も指摘されています。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 若手医師が「直美現象」のように美容医療に進む傾向について、医療の本質的な役割を踏まえてどのように評価しますか?

□ 美容医療への若手医師の流れが増加する背景として、医師のキャリア形成における魅力や報酬の不均衡があると考えられますか?

□ 医療業界の今後を考えると、若手医師が美容医療に進むことが医療制度に与える影響について、あなたの意見を教えてください。

高額治療薬 topへ戻る

 

高額治療薬の概要

 

高額治療薬とは、文字通り非常に高価な薬剤のことです。近年、がん治療薬の「オプジーボ(約3,500万円/年、現在は薬価引き下げ)」や、脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ(約1億6,700万円/回)」、一部の白血病治療薬「キムリア(約3,350万円/回)」などが代表例として挙げられます。

これらの薬剤が高額になる主な理由としては、以下の点が指摘されています。

  1. 画期的な効果: 従来の治療法では難しかった病気を完治させたり、劇的に症状を改善させたり、命を救うことができるなど、その治療効果が非常に高いことが特徴です。特に、希少疾患や難病に対する薬が多いです。

  2. 研究開発コスト: 医薬品の開発には莫大な研究開発費と長い年月がかかります。特に、新しい作用機序を持つ薬や、遺伝子治療薬のような最先端の技術を要する薬は、そのコストが跳ね上がります。

  3. 対象患者数の少なさ: 希少疾患の治療薬の場合、対象となる患者数が少ないため、開発コストを回収するためには、一回あたりの薬価を高く設定せざるを得ないという側面もあります。

  4. 製薬企業の戦略: 独占的な特許期間中に、投資回収と利益確保のために薬価が高く設定される傾向にあります。

 

 

高額治療薬の課題

高額治療薬は患者に希望をもたらす一方で、医療システム全体に深刻な課題を突きつけています。

1. 医療保険財政への深刻な影響

  • 医療費の増大: 日本は「国民皆保険制度」を採用しており、誰もが低負担で医療を受けられる仕組みになっています。しかし、高額治療薬の登場は、この医療保険財政を急速に圧迫し、制度の持続可能性を脅かす要因となっています。

  • 薬価改定の必要性: 国は高額薬価に対応するため、薬価制度の抜本的な見直しを進め、薬価を毎年改定したり、費用対効果評価を導入したりしていますが、それでも追いつかない状況が続いています。

2. 費用対効果の評価と倫理的なジレンマ

 

  • 「命の値段」を問う議論: 「費用対効果」とは、薬の費用に対して、どれだけの健康上の利益が得られるかを評価する考え方です。高額治療薬の場合、「その値段に見合う効果があるのか」という議論が避けられません。しかし、人の命や健康に値段をつけることに対する倫理的な抵抗感も強く、非常にデリケートな問題です。

  • 保険適用と患者アクセス: 費用対効果が低いと判断された場合、保険適用が見送られたり、適用が制限されたりする可能性があり、治療を必要とする患者がその薬にアクセスできなくなる恐れがあります。

 

3. 公平な医療提供の課題

 

  • 医療格差の懸念: 高額治療薬が特定の富裕層のみが受けられるような状況になれば、医療の公平性が損なわれることになります。国民皆保険制度下において、誰もが必要な医療を受けられるという原則をどう守るかが問われます。

  • 他領域へのしわ寄せ: 高額治療薬に多額の予算が割かれることで、他の医療分野(例えば、予防医療、高齢者医療、精神科医療など)への予算配分が圧迫される可能性もあります。

 

4. 製薬企業との関係

 

  • 薬価決定プロセスの透明性: 薬価がどのように決定されているのか、そのプロセスが不透明であるという批判もあります。製薬企業の開発コストや利益の開示を求める声も上がっています。

  • ドラッグ・ラグ / ドラッグ・ロス: 薬価を厳しく抑制しすぎると、製薬企業が日本での新薬開発や導入に消極的になり、「ドラッグ・ラグ(海外で承認されても日本での承認・販売が遅れること)」や「ドラッグ・ロス(日本での販売自体が見送られること)」が生じ、日本の患者が最先端の治療を受けられなくなるという懸念もあります。

 

5. 患者への説明と同意(インフォームド・コンセント)

 

  • 高額な治療薬を使用するにあたっては、その効果、副作用、代替治療、そして費用負担について、患者とその家族に十分な情報提供を行い、納得の上で同意を得ることがより重要になります。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 高額治療薬が普及することによる医療の公平性への影響について、どのような懸念がありますか?

□ 高額治療薬の導入により、患者の負担が増えることについて、政府や医療機関はどのように対応すべきだと思いますか?

□ 高額治療薬が普及する中で、医師の診断や治療方針にどのような影響を与えると考えますか?

​異種移植 topへ戻る

 

異種移植の概要

 

臓器移植は、末期臓器不全の患者さんにとって唯一の治療法となることが多いですが、日本を含め世界中で臓器提供者が圧倒的に不足しています。この深刻なドナー不足を解消するために、研究が進められているのが異種移植です。

 

なぜ豚が主なドナー候補となっているのでしょうか?

  1. 生理的特徴の類似性: 豚の臓器のサイズや生理機能が人間に比較的近いとされています。

  2. 繁殖の容易さ: 豚は繁殖サイクルが短く、一度に多くの仔を産むため、安定した臓器供給源となり得ます。

  3. 倫理的受容性: 霊長類(サルなど)からの移植に比べ、倫理的な抵抗感が比較的低いとされています。

  4. 病原体の管理: 厳重な管理下で飼育することで、人間に感染する可能性のある病原体(ウイルスなど)のリスクを低減しやすいとされています。

異種移植の実現には、主に以下の2つの大きな壁を乗り越える必要があります。

  1. 拒絶反応の克服: 人間と豚では遺伝子が異なるため、移植された臓器は非常に強い拒絶反応(超急性拒絶反応、急性血管性拒絶反応、細胞性拒絶反応など)を起こします。これを抑制するために、ゲノム編集技術を用いて、拒絶反応を引き起こす豚の遺伝子を操作したり、免疫反応を抑制する遺伝子を導入したりする研究が盛んです。

  2. 感染症のリスク(人獣共通感染症): 豚が持っているウイルスが人間に感染し、新たな感染症を引き起こす可能性(人獣共通感染症)が懸念されています。特に問題となるのが、豚の内因性レトロウイルス(PERV: Porcine Endogenous Retrovirus)です。これは豚のゲノムに組み込まれているウイルスで、人間に感染するリスクは低いとされていますが、完全に否定はできません。現在は、PERVを持たない豚を開発する研究も行われています。

 

 

異種移植の課題

 

 

異種移植は大きな可能性を秘める一方で、解決すべき多くの課題があります。

 

 

1. 倫理的な課題

 

  • 動物の権利と福祉: 臓器提供のために動物を飼育・利用することに対する倫理的な問題が提起されています。動物の尊厳や福祉をどう考えるか、社会的な議論が必要です。

  • 人間の尊厳とアイデンティティ: 異種の臓器が人間に移植されることに対する心理的・倫理的な抵抗感があるかもしれません。

  • 公正なアクセス: 異種移植が実用化された場合、その医療が高額になる可能性があり、誰もが平等にアクセスできるかという医療の公平性の問題も生じます。

  • 「生命の商業化」への懸念: 臓器を提供する動物を飼育し、それによって利益を得ることに対する懸念も存在します。

 

2. 科学技術的な課題

 

  • 拒絶反応の完全な制御: ゲノム編集技術の進歩は目覚ましいですが、長期的な拒絶反応の抑制や、それに伴う免疫抑制剤の長期使用による副作用(感染症や悪性腫瘍のリスク増加)の解決は依然として大きな課題です。

  • 人獣共通感染症のリスク評価と管理: PERVを含む未知の病原体が人間に感染するリスクを完全に排除し、安全性を確保するための厳格な監視体制と研究が不可欠です。

  • 臓器機能の長期安定性: 移植された異種臓器が、長期にわたって人間の体内で正常に機能し続けるかどうかの検証が必要です。豚の臓器と人間の生理的環境との適合性も課題となります。

 

3. 社会的・法的な課題

 

  • 国民的合意形成: 異種移植は、社会全体でその必要性や安全性、倫理性を理解し、受け入れるための議論と合意形成が必要です。

  • 法整備とガイドライン: 異種移植を実施するための法的な枠組みや、研究・臨床応用に向けた厳格なガイドラインの整備が求められます。

  • 予期せぬ影響への対応: 異種移植が社会に普及した場合、予期せぬ影響(例えば、新たな社会問題や差別など)が生じる可能性も考慮しておく必要があります。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 異種移植の研究における倫理的な問題として、動物福祉や生命の尊厳についてどのように考えますか?

□ 異種移植技術の進展が現実の医療現場に導入されるとした場合、どのようなリスク管理が必要だと思いますか?

□ 異種移植の導入が人間社会に与える可能性のある影響について、具体的なシナリオを挙げて説明してください。

医師の働き方改革​ topへ戻る

 

概要

 

「医師の働き方改革」は、主に医師の長時間労働を是正し、健康で働き続けられる環境を整備することを目指しています。これにより、患者に提供される医療の質と安全性を確保し、将来にわたって医療提供体制を維持していくことを目的としています。

この改革の最大の柱は、医師への時間外労働の上限規制の適用です。これまで医師は、労働基準法の時間外労働の上限規制から猶予されていましたが、2024年4月1日からは、原則として以下の時間外労働の上限が適用されることになりました。

  • 原則:年960時間 / 月100時間未満 (A水準)

  • 特例:年1,860時間 / 月100時間未満 (B水準、C-1水準、C-2水準)

    • B水準: 地域医療の確保のため、医師の派遣が必要な医療機関などに適用。

    • C-1水準: 初期臨床研修医や新専門医制度の専攻医など、短期間で集中的な症例経験を積む必要がある医師に適用。

    • C-2水準: 高度技能の修得を目的とした医師に適用。

    • これらの特例水準は、2035年末を目標に段階的に時間短縮を進め、終了する予定です。

時間外労働の上限規制に加えて、以下の措置も義務化されています。

  • 連続勤務時間制限(28時間)

  • 勤務間インターバル(9時間):終業から次の始業までの休息時間を確保

  • 代償休息:連続勤務時間制限や勤務間インターバルを確保できなかった場合に、同時間の休息を付与

  • 追加的健康確保措置:月100時間以上の時間外労働が想定される医師への面接指導の義務化など

 

医師の働き方改革の主な取り組み

 

具体的な取り組みとしては、以下のようなものがあります。

  1. タスク・シフト / シェアの推進: 医師が行っていた業務の一部を、看護師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師、臨床工学技士、救急救命士などの他の医療従事者に移管(タスク・シフト)したり、複数の医師や職種で業務を分担(タスク・シェア)したりすることで、医師の負担を軽減します。

    • 例:医師事務作業補助者の活用、特定行為研修を修了した看護師による特定行為の実施など。

  2. 勤務環境の改善:

    • ICT(情報通信技術)の活用による業務効率化(電子カルテの導入・活用、AI診断支援など)。

    • 複数主治医制の導入による特定の医師への業務集中回避。

    • 病状説明などの患者・家族対応を勤務時間内に行うよう患者や家族への周知。

    • 宿日直体制の見直しや、地域の医療機関間での救急の輪番制導入による負担分散。

    • 子育て世代の医師が働きやすい環境の整備(短時間勤務制度の利用促進など)。

  3. 労働時間管理の適正化: 医師の実際の勤務時間を正確に把握するための勤怠管理システムの導入や、36協定(時間外労働に関する労使協定)の適切な締結・運用。

 

医師の働き方改革の課題

 

この改革には多くの期待が寄せられる一方で、現状では以下のような様々な課題に直面しています。

  1. 医師の人手不足の顕在化: 時間外労働の上限が設定されることで、今まで長時間労働でカバーしていた医療行為が難しくなり、特に医師の数が少ない地域や診療科では、より一層の人手不足が顕在化する可能性があります。これにより、医療提供体制の維持が困難になるケースも懸念されます。

  2. 医療機関の費用負担の増加:

    • 時間外労働時間の削減に伴い、不足する人員を確保するための新たな医師の雇用が必要となり、人件費が増加します。

    • 月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が50%に引き上げられたことも、医療機関の財政負担を増加させる要因となります。

    • タスク・シフト/シェアのための多職種の増員や、ICTシステムの導入などにもコストがかかります。

  3. 医療の質・安全性の維持と専門医育成への影響:

    • 特に若手医師にとって、時間外労働の制限によって症例経験を積む機会が減少し、専門医資格の取得や高度な医療技術の習得に影響が出る可能性があります。

    • 今まで医師が担っていた業務を他の職種に移管する際に、医療の質や安全性が低下しないよう、十分な研修や連携体制の構築が必要です。

    • 大学病院などでの研究・教育活動に割ける時間が減少し、医学の将来的な発展が阻害される可能性も指摘されています。

  4. 複雑な勤務形態の管理と労働時間の正確な把握: 医師の勤務は、日勤、夜勤、当直、オンコールなど非常に複雑であり、正確な労働時間管理が困難です。副業・兼業を行う医師の場合、その労働時間も通算されるため、より一層管理が複雑になります。

  5. 地域医療への影響: 大学病院からの医師派遣に頼っている地域の中小病院では、医師の時間外労働規制によって派遣が制限され、当直体制の維持や救急医療の提供が難しくなる可能性があります。結果的に、地域医療の提供体制が縮小したり、住民の医療アクセスが悪化したりする恐れがあります。

  6. 医師間の働き方の格差とモチベーション: 業務負担の軽減が進む医療機関と、そうでない医療機関との間で、医師の働き方や年収に格差が生じる可能性があります。また、研究や教育に時間を割けなくなることで、医師のモチベーションに影響が出ることも懸念されます。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 医師の働き方改革が進むことで、医師の職業満足度や医療の質にどのような影響を与えると予測しますか?

□ 医師の労働時間短縮が医療の質に与える影響について、あなたはどのように考えますか?

□ 医師の働き方改革を進めるためには、医療制度全体にどのような改革が必要だと考えますか?

輸血拒否 topへ戻る​ 出題例

 

概要

 

輸血拒否問題とは、患者が宗教的信条やその他の理由(感染リスク回避など)に基づき、生命維持に必要な輸血を拒否する場合に、医療者と患者の間で生じる葛藤を指します。特に「エホバの証人」の信者による輸血拒否が社会的に広く知られています。

エホバの証人の信仰では、聖書の教えに基づき、血液を体内に取り入れることを禁じています。そのため、たとえ輸血を受けなければ命が助からない状況であっても、輸血を拒否するという強い信念を持っています。

 

この問題の核心は、以下の2つの価値観の衝突にあります。

  1. 医療者の視点:生命の尊重と救命義務 医療者は、患者の生命を救い、健康を守ることを最大の使命としています。緊急時において輸血が唯一の救命手段である場合、医療者としてはその手段を用いることが当然であると考えます。

  2. 患者の視点:自己決定権と信教の自由 患者には、自分の身体に関わる医療行為について自ら決定する「自己決定権」があります。また、特定の宗教を信仰し、その教義に従って生きる「信教の自由」も憲法で保障されています。輸血拒否は、この自己決定権と信教の自由に基づく行為と解されます。

 

 

輸血拒否問題の課題

 

この問題には、様々な複雑な課題が内在しています。

 

1. 医療倫理と法的責任の狭間

 

  • 医師のジレンマ:

    • 患者の自己決定権を尊重し輸血を行わない場合、患者が死亡すれば医師は救命義務を怠ったと批判される可能性があります。

    • 患者の意思に反して輸血を行った場合、患者の人格権(自己決定権や信教の自由)を侵害したとして、損害賠償訴訟を起こされるリスクがあります。実際に、エホバの証人の患者に対して無断で輸血が行われた「東京地裁無断輸血訴訟(2000年最高裁判決)」では、医師・病院側の不法行為が認められました。

  • 「相対的無輸血」と「絶対的無輸血」:

    • 多くの医療機関では、「相対的無輸血」という方針が取られています。これは、患者の輸血拒否の意思を尊重し、可能な限り無輸血での治療を試みるが、生命に危険が及ぶ緊急時には救命を最優先し、輸血を行うという考え方です。

    • これに対し、患者側が「いかなる状況でも輸血は拒否する」という「絶対的無輸血」を望む場合、医療機関は対応が非常に困難になります。

 

2. インフォームド・コンセントの限界と重要性

 

  • 輸血拒否の意思が明確である患者に対しては、事前に十分な説明を行い、無輸血治療の代替手段(自己血輸血、止血剤の使用など)や、輸血が必要になった場合の対応について話し合い、合意形成を行うことが重要です。これを「インフォームド・コンセント(説明と同意)」と言います。

  • しかし、緊急性の高い状況では、患者が意識不明であったり、十分な話し合いの時間が取れなかったりする場合があり、その場合は対応がより難しくなります。

 

3. 未成年者への対応

 

  • 最も難しい課題の一つが、未成年の患者が輸血を必要とし、親権者が宗教的理由から輸血を拒否する場合です。

  • 未成年者には自己決定能力が十分にあるとは言えず、親権者の意思が絶対視されるべきか、子どもの生命を優先すべきかという問題が生じます。

  • 日本では、親権者の輸血拒否によって子どもの生命が危ぶまれる場合、児童相談所や裁判所が介入し、親権の一時停止や親権喪失の申し立てを行うなどして、子どもの生命を優先する判断がなされるケースもあります。

 

4. 医療者と患者の信頼関係

 

  • 輸血拒否の患者を「厄介な患者」として排除するのではなく、患者の信仰や価値観を理解しようと努め、可能な限り協力的な関係を築くことが重要です。

  • 無輸血治療の選択肢を探る努力や、代替治療に関する情報提供など、患者の意思を尊重しつつ、最善の医療を提供するためのコミュニケーションが求められます。

 

5. 社会的理解と情報共有

 

  • 輸血拒否の問題は、宗教や倫理、法律が複雑に絡み合うため、社会全体の理解が不可欠です。

  • 医療機関内でのガイドライン整備や、医療者への倫理教育の推進も重要な課題です。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 輸血拒否の問題において、患者の意思を尊重することと医師としての義務をどのようにバランスさせるべきでしょうか?

□ 輸血拒否を選択する患者に対し、医師がどのように説明し、理解を求めるべきだと思いますか?

□ 宗教的信念による輸血拒否が医療現場で引き起こす課題について、どのような解決策が考えられるか説明してください。

iPS細胞 topへ戻る

 

可能性

iPS細胞は、現代医療における様々な課題を解決し、未来の医療を大きく変える可能性を秘めています。

1. 再生医療への応用

病気や事故で失われた臓器や組織をiPS細胞から作り出し、移植することで機能を回復させる再生医療の切り札として期待されています。

  • 網膜の再生: 加齢黄斑変性などの目の病気に対し、iPS細胞から作製した網膜色素上皮細胞を移植する臨床研究が日本で世界に先駆けて実施され、安全性が確認されつつあります。

  • 神経系の再生: パーキンソン病や脊髄損傷、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など、神経変性疾患や神経損傷に対し、iPS細胞から作製した神経細胞を移植することで、機能回復を目指す研究が進んでいます。

  • 心臓の再生: 重症心不全などに対し、iPS細胞から作製した心筋細胞を移植し、心臓の機能を改善する研究が行われています。

  • 血液の再生: 再生不良性貧血などの血液疾患に対し、iPS細胞から血小板などを供給する研究も進められています。

  • 臓器移植のドナー不足解消: 将来的には、iPS細胞から作製した臓器を移植することで、深刻な臓器移植のドナー不足を解消できる可能性があります。

 

2. 難病の病態解明と新薬開発(創薬)

患者さん自身の細胞からiPS細胞を作製し、それを病気の細胞に分化させることで、疾患特異的iPS細胞となります。これにより、今まで解明が難しかった難病の発症メカニズムや病態を再現し、研究室で詳細に調べることが可能になります。

  • 病気の原因が分かれば、その病気に対する新しい治療薬の候補物質を見つけ出すためのスクリーニング(大量の物質から有効なものを探し出す作業)や、薬の有効性や副作用を評価するテスト(毒性テスト)に応用できます。

  • これは、動物実験では再現が難しかったヒト特有の病気や、希少疾患の治療法開発に大きく貢献すると期待されています。

 

3. オーダーメイド医療の実現

患者さん自身のiPS細胞から作製した細胞や組織を用いることで、免疫拒絶反応のリスクが極めて低い治療が可能となります。これにより、移植後の免疫抑制剤の量を減らすことができ、患者さんの負担を軽減し、より安全な治療を提供できるようになります。

4. 倫理的問題の回避(ES細胞との比較)

ES細胞(胚性幹細胞)は受精卵を破壊して作られるため、生命の萌芽を利用することに対する倫理的な問題が指摘されていました。iPS細胞は体細胞から作製できるため、ES細胞が抱えるこの倫理的な問題は回避できるとされています。

 

iPS細胞の課題

 

その大きな可能性の反面、iPS細胞の実用化には多くの課題が残されています。

 

1. 安全性の確保

  • 腫瘍化(がん化)のリスク: iPS細胞は無限に増殖する能力を持つため、体内で未分化なiPS細胞が残存すると、奇形腫などの腫瘍を形成するリスクがあります。このリスクをいかに低減し、完全に制御するかが大きな課題です。

  • 遺伝子操作の影響: iPS細胞を作製する際に用いる遺伝子導入方法(ウイルスベクターなど)によっては、ゲノムが傷つき、意図しない遺伝子変異が生じる可能性があります。より安全な作製方法の開発が進められています。

  • 長期的な安全性: 移植された細胞が長期にわたって患者の体内でどのように振る舞うか、予期せぬ副作用がないかなど、長期的な安全性の検証が必要です。

2. 費用と生産コスト

  • 高額な治療費: iPS細胞を用いた再生医療は、細胞の作製、品質管理、臨床試験、厳格な管理体制など、多くの工程と高度な技術を要するため、莫大なコストがかかります。これにより、最終的な治療費が高額になり、国民皆保険制度下での保険適用や、公平なアクセスをどう保障するかが課題となります。

  • 大量生産の難しさ: 臨床応用に必要な高品質のiPS細胞や分化細胞を、安定して大量に作製する技術の確立も課題です。

3. 技術的なハードル

  • 目的の細胞への効率的な分化誘導: iPS細胞を特定の種類の細胞(神経細胞、心筋細胞など)に、高い純度で効率よく分化させる技術の確立が重要です。不要な細胞が混ざると、安全性のリスクや治療効果の低下につながります。

  • 機能的な組織・臓器の作製: 単一の細胞だけでなく、血管や神経などを含む複雑な構造を持つ機能的な組織や臓器をin vitro(試験管内)で作り出す技術はまだ発展途上にあります。

4. 倫理的・社会的な課題

  • 情報の管理とプライバシー: 患者さんのiPS細胞には、その人の遺伝情報が全て含まれています。細胞提供者のプライバシー保護や、遺伝情報の厳格な管理体制の構築が必要です。

  • 研究への同意と撤回: 細胞提供者が、iPS細胞研究への同意をいつでも撤回できる権利をどう保障するか、倫理的な指針作りが求められます。

  • 動物へのヒト細胞の移植: ヒトiPS細胞を動物に移植して機能や安全性を確認する研究(キメラ動物の作製など)は、倫理的な議論を伴います。

  • 生殖細胞への応用: iPS細胞から生殖細胞(卵子や精子)を作り出す研究は、将来的に生殖補助医療への応用も考えられますが、倫理的に最も慎重な議論が必要な分野です。

5. 法規制と国際競争

  • 迅速な法整備とガイドライン: 新しい技術であるため、研究や臨床応用を進める上での法的な枠組みや、厳格なガイドラインの整備が常に求められます。

  • 国際的な競争: 日本はiPS細胞研究で世界をリードしていますが、欧米や中国などでも活発な研究が行われており、国際競争が激化しています。研究資金の確保や人材育成、特許戦略などが重要になります。

<面接・口頭試問の質問例>

□ iPS細胞を用いた再生医療の可能性について、最も注目すべき点はどこだと考えますか?

□ iPS細胞の研究における倫理的な問題として、どのような懸念が考えられますか?

□ iPS細胞が医療に実用化されることにより、どのような社会的・経済的影響があると考えますか?

医療AI  topへ戻る

 

概要

 

医療AI(Artificial Intelligence in Healthcare) とは、人工知能技術を医療分野に応用することで、医師の診断、治療法の選択、新薬開発、事務作業など、多岐にわたる業務の効率化や高度化を目指すものです。特に、大量のデータを学習し、パターンを認識する機械学習や、人間の脳神経回路を模倣したディープラーニングといった技術が医療AIの発展を牽引しています。

 

 

医療AIの主な応用分野

 

  1. 画像診断支援:

    • X線、CT、MRI、病理画像などから、がんの病変や異常を早期に、かつ高精度で検出します。医師の見落としを防ぎ、診断のばらつきを減らす効果が期待されます。

    • 例: 肺がんの早期発見、乳がんのスクリーニング、眼底画像からの糖尿病性網膜症の診断など。

  2. 診断支援・疾患予測:

    • 患者の電子カルテ情報、検査データ、問診記録などをAIが解析し、特定の疾患の可能性や、将来の病気の発症リスクを予測します。

    • 医師の診断の補助として、より正確で迅速な意思決定を支援します。

  3. 治療法選択・個別化医療:

    • 患者個人の遺伝子情報、病歴、薬剤反応性などに基づいて、最も効果的で副作用の少ない治療法(薬剤や投与量など)を提案します。

    • 特にがんゲノム医療では、AIが膨大な遺伝子変異データと治療成功事例を分析し、最適な分子標的薬を特定するのに役立っています。

  4. 新薬開発・創薬:

    • 膨大な化合物データの中から、病気の原因分子に作用する可能性のある候補物質をAIが高速で探索します。

    • 臨床試験のデータ解析や、最適な被験者の選定にもAIが活用され、新薬開発の期間短縮とコスト削減に貢献します。

  5. 手術支援・ロボット医療:

    • AIを搭載した手術支援ロボット(例:ダヴィンチ)は、医師の手技を補助し、より精密で低侵襲な手術を可能にします。

    • 術前のシミュレーションや、術中の情報提供にもAIが活用されます。

  6. 医療事務・業務効率化:

    • 電子カルテ入力支援、医療費請求業務、予約管理、文書作成など、医師や医療従事者のルーティン業務をAIが自動化・効率化し、医師が患者と向き合う時間を増やします。

 

 

医療AIの可能性

 

 

医療AIは、現在の医療が抱える多くの課題を解決し、未来の医療をより良いものに変える大きな可能性を秘めています。

  • 診断精度と治療効果の向上: AIの膨大なデータ解析能力は、人間の医師が見落とす可能性のある微細な異常や複雑なパターンを認識し、診断精度を高めます。これにより、早期発見・早期治療につながり、治療効果の向上が期待されます。

  • 医師の負担軽減と効率化: 事務作業や画像診断のスクリーニングなど、時間と労力を要する業務をAIが代行することで、医師はより専門性の高い業務や患者とのコミュニケーションに集中できるようになります。

  • 医療格差の是正: 専門医が不足している地域や国においても、AIによる診断支援システムが導入されれば、一定水準以上の医療サービスを提供できるようになり、医療アクセスの改善や地域間の医療格差の是正に貢献する可能性があります。

  • 新たな医療の創造: AIはこれまで不可能だった病気のメカニズムの解明や、全く新しい治療法の発見につながる可能性を秘めています。

 

 

医療AIの課題

 

 

一方で、医療AIの実用化には、技術的、倫理的、法的な多くの課題が伴います。

  1. データの品質と偏り:

    • AIの学習には質の高い膨大なデータが必要ですが、医療データにはプライバシーの問題、データの不完全さ、特定の属性(人種、性別など)に偏ったデータが含まれる可能性があります。

    • 偏ったデータで学習したAIは、特定の集団に対して不正確な診断を下したり、差別的な結果を導き出したりする「バイアス」を生む可能性があります。

  2. 医師とAIの役割分担と責任:

    • AIが高度な診断を下せるようになっても、最終的な診断や治療の決定は医師が行うべきか、AIにどこまで責任を負わせるべきか、という問題が生じます。

    • AIの診断が間違っていた場合、誰が責任を負うのか(開発者、医師、病院など)という法的責任の所在も明確にする必要があります。

    • AIの判断がブラックボックス化し、医師がその根拠を理解できない場合、医師がAIの提案を鵜呑みにしてしまうリスクも指摘されています。

  3. 倫理的な問題:

    • 説明責任と透明性: AIによる診断や提案が、どのような根拠に基づいているのか、そのプロセスを医師や患者に「説明できる」透明性(説明可能なAI:XAI)が求められます。

    • 患者への告知: AIが病気を予測した場合、その情報を患者にどこまで、どのように伝えるべきかという倫理的な課題があります。

    • 「人間の温かみ」の喪失: AIが医療現場に導入されることで、医師と患者の間の人間的な触れ合いや共感といった側面が失われるのではないか、という懸念もあります。

  4. プライバシーとセキュリティ:

    • 医療データは非常に機密性が高く、AIの活用には個人情報の厳重な保護が不可欠です。データ漏洩や悪用を防ぐための強固なセキュリティ対策が求められます。

  5. 法規制とガイドラインの整備:

    • AIを用いた医療機器やソフトウェアの承認プロセス、運用に関する法規制や倫理ガイドラインの策定が急務です。技術の進歩に追いつく形で、柔軟かつ迅速な法整備が求められます。

  6. 導入コストと医療格差:

    • 高度な医療AIシステムの導入には多大なコストがかかり、全ての医療機関が平等に導入できるわけではありません。これが新たな医療格差を生む可能性も考慮する必要があります。

<面接・口頭試問の質問例>

□ 医療AIの進展により、医師の役割がどのように変わると予測されますか?

□ 医療AIが診断や治療に用いられることについて、倫理的な観点からどのような課題がありますか?

□ 医療AIの導入が進む中で、患者の信頼を得るためにどのような透明性や説明責任が求められるでしょうか?

【参考問題】輸血拒否と自己決定(東京大学2008年度後期試験) ​

 

次の文章は、ある宗教団体Aの信者X1が、輸血は受け入れないとの信条を医師に説明していたにもかかわらず、肝臓の悪性腫瘍を摘出する手術を受けた後、救命を優先する医師の判断により、麻酔で意識を失っている間に輸血を施された事件に関する、控訴審判決の一部である(控訴人X2はX1の子、X3はX1の配偶者である)。これを読み、後の問いに答えなさい。 

 

本件のような手術を行うについては、患者の同意が必要であり、医師がその同意を得るについては、患者がその判断をする上で必要な情報を開示して患者に説明すべきものである。もちろん、これは一般論であり、緊急患者のような場合には、推定的同意の法理(注1)によるべきであるし、その説明の内容は、具体的な患者に則し、医師の資格をもつ者に一股的に要求される注意義務を基準として判断されるべきものである。 

この同意は、各個人が有する自己の人生のあり方(ライフスタイル)は自らが決定することができるという自己決定権に由来するものである。被控訴人らは①自己の生命の喪失につながるような自己決定権は認められないと主張するが、当裁判所は、特段の事情がある場合は格別として(自殺をしようとする者がその意思を貫徹するために治療拒否をしても、医師はこれに拘束されず。また交通事故等の救急治療の必要のある場合すなわち転医すれば救命の余地のないような場合には、医師の治療方針が優先される)。一般的にこのような主張に与することはできない。すなわち、人はいずれは死すべきものであり、その死に至るまでの生きざまは自ら決定できるといわなければならない(例えばいわゆる尊厳死を選択する自由は認められるべきである)。本件は、後腹膜に発生して肝右葉に浸潤していた悪性腫瘍であり、その手術をしたからといって必ずしも治療が望めるというものではなかった(これは、現に当審係属中にX1が死亡したことによっても裏付けることができる)。この事情を勘案すると、X1が相対的無輸血(注2)の条件下でなお手術を受けるかどうかの選択権は尊重されなければならなかった。なお、患者の自己決定は、医師から相当の説明がされている限り、医師の判断に委ねるというものでよいことはいうまでもなく、また、医学的知識の乏しい患者としては、そういう決定をすることが通例と考えられる。そして、相当の説明に基づき自己決定権を行使した患者は、その結果を自己の責任として甘受すべきであり、これを医師の責任に転嫁することは許されない(説明及び自己決定の具体的内容について、明確に書面化する一般的な慣行が生まれることが望ましい)。 

輸血(同種血輸血)は、血液中の赤血球や凝固因子等の各成分の機能や量が低下したときにその成分を補充することを主な目的として行われるものであり、ショック状態の改善、事故や手術の際の大量出血による生命の危険に対して劇的な効果を収め得る治療手段であるが、ときにウィルスや細菌などの病原体による感染症や免疫反応に起因する副作用などがある。したがって、医師が患者に対して輸血をする場合には、患者又はその家族にこれらの事項を理解しやすい言葉でよく説明し、同意を得た上で行うことが相当であるとはいえるが、手術等に内在する可能性として同意が推定される場合も多く、一般的にそのような説明をした上での同意を得べきものとまではいえない。しかし、本件では事情が異なる。X1は、Aの信者であったところ、Aに属する患者は、その宗教的教義に基づいて輸血を拒否することが一般的であるが、輸血拒否の態度に個人差があることを看過することはできない。また、単に無輸血といっても、絶対的無輸血と相対的無輸血の間には質的に大きな違いがあり(また、Aの信者であっても、血液製剤のうちの一部のものは、個人の判断で許容できるとしているし、血液の貯蔵を伴わない自己血輸血の一部の方式も同様に許容できるとしている)、医師は、Aに属する患者に対して輸血が予測される手術をするに先立ち、同患者が判断能力を有する成人であるときには、輸血拒否の意思の具体的内容を確認するとともに、医師の無輸血についての治療方針を説明することが必要であると解される。 

さらに本件においては、次の事実が認められる。X1は、昭和4年1月5日生まれであって、病院Bに外来受診しその後入院した当時63歳であり、判断能力を有する成人であった。被控訴人Y1は、X1の担当医師団の責任者であり、X1の外来受診の際に対応して入院治療を承諾し、本件手術のメンバーを決め、術前検討会を主宰し、本件手術の執刀医として最終的な責任者となった。被控訴人Y2及び同Y3は、X1の主治医として、入院中のX1の日常的な診療に直接携わった。被控訴人Y4は肝臓外科専門医として.彼控訴人Y5及び同Y6は麻酔医として、本件手術及び本件輸血には関与したが、その関与する局面は限定されたもので、X1及びその家族と接触することはなかった。被控訴人Y1、同Y2及び同Y3は、前記認定の経緯から、X1がAの信者であって輸血拒否の意思を有していることを知っていた。被控訴人Y4は、X1がAの信者であることを知っていたと推認されるが、同Y5、及び同Y6については明らかでない。被控訴人Y1は、X1が病院Cで無輸血手術ができない旨言われたため、病院Bに受診することとなった経緯を知っていた。被控訴人Y1は、X1の外来受診当初から、X1の肝右葉付近に巨大な腫瘍があることなどの所見を得、その摘出手術が相当困難なものとなるとの感じを抱き、控訴人X2に対して「いざとなったらセルセイバー(注3)があるから大丈夫です。」と告げた(なお、これらの事実から、被控訴人Y1は、この腫瘍を摘出する本件手術をするに当たっては輸血以外に救命手段がない事態が発生する可能性のあることを認識していたものと推認できる)。被控訴人Y2は、輸血以外に救命手段がない事態になれば患者が誰であれ輸血する考え方を個人的に抱いていたところ、平成4年9月7日、X1に対し緊急時には救命のために輸血する方針である旨を告げ、X1から「死んでも輸血をしてもらいたくないし、必要なら免責証書(注4)を提出する。」旨言われたが、そのような証書を貰っても仕方がないと返答した。被控訴人Y1及び同Y3は、そのころ、カルテの記載又は被控訴人Y2からの報告によりX1の右発言を知った。被控訴人Y1、同Y2、及び同Y3の三名(以下「被控訴人Y1ら3名」という)は、術前検討会において、X1の生命に危険な事態が発生した場合には、輸血の実施を考慮することとし、濃厚赤血球等を準備することとした。被控訴人Y1ら3名は、平成4年9月14日に、X1、控訴人X2及び同X3に対し、手術説明をし、その際、控訴人X2から免責証書の交付を受けた。 

以上によれば、被控訴人Y2は、一応相対的無輸血の方針を説明していると認められるが、X1がこれに納得せず、絶対的無輸血に固執していることを認識した以上、そのことを他の担当医師特に責任者である被控訴Y1に告げ、担当医師団としての治療方針を統一すべき義務を負い、その内容がX1の固執しているところと一致しなければ、自ら又は被控訴人Y1を通じて、X1に説明してなお病院Bにおける入院治療を継続するか否か特に本件手術を受けるかどうかの選択の機会を与えるべきであった。そして、被控訴人Y1、同Y2及び同Y3は、無輸血で手術を行う100%の見込みがないと判断した時点で(少なくとも術前検討会の後X1及び家族への手術説明の際には)。担当医師団の方針としてその説明をすべきであった。しかし、被控訴人Y4、同Y5、及び同Y6は、担当医師団の責任者たる被控訴人Y1の決定指示に従う立場にあり、X1及びその家族と接触その意思を確認する機会も、治療方針の説明をする機会もなかったから、右説明義務を負うことはない。 

(東京高等裁判所判決平成10年11月9日高等裁判所民事判例集51巻1号1頁以下より。表記その他若干の変更を加えた。)

 

(注1)医師が手術などを行うに際して患者が自ら意思表示をすることができない事例においては、現実には患者の同意が存在しないが.もし患者がその場にいて事態を正しく認識していたら同意を与えただろうと客観的に推定できる場合には、その行為は適法な行為として正当化される、とする法理。 

(注2)できる限り輸血しないこととするが、輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血する治療方針。これに対して、手術中、輸血以外に救命手段がない事態になっても、一切の輸血をしない治療方針を、絶対的無輸血という。 

(注3)出血した血液を吸引の方法で回収して、生理食塩液で洗浄し、濃厚洗浄赤血球液として患者の体内に返血する自己血回収装置。ただし、手術で大出血を起こした際には、あわせて輸血を必要とする場合が多い。 

(注4)輸血を拒否することによって今後発生するかもしれない、死亡その他の障害に対しては、医師や病院に一切の責任を問わないことを約束する文書。 

 

 

問1 本文において、裁判所は、どのような理由で、どのような判断を導き出したのか。説明しなさい。 

 

問2 あなたは、下線部①の見解について、どのように考えるか。理由を示しながら、600字以内で論述しなさい(その際、判決の考え方に、しばられる必要はない)。 

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